農のかたち〜私流〜

ブランド産地を 未来へ繋ぐ

岩手町でキャベツ9ha、菌床シイタケ12,000菌床、水稲aを作付けする隆臣さん。栽培するキャベツは春系品種で、「いわて春みどり」のブランドで出荷している。「いわて春みどり」は、父の世代の生産者の有志が夏場に春系キャベツの栽培に挑戦し、甘くて柔らかいキャベツを夏場に出荷することで他産地と差別化を図りブランド化された。その40年以上続くブランド産地を未来に、そして子どもたちが農業をやれる環境を守り繋いでいくことで、先輩方の思いに応えようとしている。

ブランドキャベツ

子どもの頃は畑で遊び手伝うことも多かった隆臣さんだが、成長と共に足は遠退いていった。そして、中学生の頃には工業関係の仕事に興味を持ち工業高校に進学。卒業後は板金加工の会社に就職した。実家から通っていたので、農業を手伝うことはあったが、当時の仕事におもしろさも感じていた。「父からは農業を継いでほしいという話しはされていたので、いつかはという気持ちはあった。でも、当時は心の中ではやりたくないなぁという気持ちも正直あった」と苦笑いする。

農場の様子

その後、結婚と長男の出産を迎えた24歳の時に就農することにした。「家に入りたいと伝えた時、父はホッとした様子だった。『いわて春みどり』は父の世代の農家が集まり作り上げたブランド。そのブランドを繋いでいけるという気持ちもあったのだろうと、今はそう感じている」と話す。

農場の様子

岩手町では、100年以上前からキャベツ栽培が始まり、昭和初期には「南部甘藍」として出荷し日本一の産地だった。その後、病害虫の被害で一度は産地が消滅した。父も、以前はダイコンやホウレンソウなども栽培していたが、キャベツ産地を復興しようと立ち上がった農家の一人が父で、夏場にあえて栽培が難しい春系キャベツの栽培に挑戦した。

先輩農家の熱い思い

就農した隆臣さんは、昔から作業を手伝っていたので作業は分かるが、農業の基礎知識はなかった。「就農した時は、勉強しながらでいいと思っていたが、実際は作業に追われて勉強どころではなかった」と苦笑いし、「今も常に勉強中」と話す。

キャベツを出荷する様子

就農3年目には、将来を見据え面積を5haから9haまで拡大し、29歳の時に父から経営を引き継いだ。令和元年には菌床シイタケの栽培を始めることで通年雇用ができる栽培体系にしてきた。「就農当時は父の指示通り作業をこなしていたが、経営を引き継いでからは学ぶことも意識した」と話す。一方で、基本通りの作業も意識している。

ブランドを築き上げ、40年以上続いてきた父の栽培管理が基本となり、それが安定した品質のキャベツを作る基礎にもなっている。「人一倍、思いが強い父がやってきたことが間違っていないと感じている」と話す。近年の酷暑や干ばつなど栽培環境は厳しくなっているが、何とか予定した数量を出荷してきている。

キャベツを出荷する様子

「『いわて春みどり』を食べた人からは、おいしいと言われる」と話す隆臣さん。繋いできたブランドを無くしたくないという気持ちは強い。また、長男が農業に興味をもち農業高校に進学した。「子ども達には、将来は何をやってもいいと言っているが、農業をやりたいと言った時にできる環境は守り続けていきたい」と胸の内を話す。
ブランド産地でキャベツを作る。「おいしい」と言われ続けるためにも、繋いできた父や先輩方のキャベツに対する熱い思いを受け、未来に繋いでいこうとしている。

令和8年度から東部地域春みどり専門部会の副部会長に就任し、7月には東京都の大田市場で開催した岩手町・JA新いわて合同のトップセールスにも参加し、消費地の期待の高さを感じました。近年の夏場の高温や干ばつなど、生産環境は厳しい状況ではありますが、BS資材の活用や時代に合わせた防除体系、新品種の開発など部会として取り組みを進め、産地の維持を目指していきます。

プロフィール

西舘 隆臣

西舘 隆臣 にしだて たかおみ さん

仕事は忙しいけど、畑に来てくれる子どもたち。今は4人の子どもの成長が楽しみ。

※広報誌「夢郷」 2026年10月号掲載時の情報です。掲載情報が変更となっている場合がございます。