農のかたち〜私流〜

協同の精神で 生活できる農業を

岩泉町で野菜を生産する榮喜さん。勤めながら父の農業を手伝ってきたが、父が亡くなったことで令和元年に就農。現在はブロッコリー60a、スイートコーン20a、カボチャ25a、ダイコン50a、ニンジン20aを作付けする。野菜を作るという共通の目的を持つ地域を超えた若い生産者とも積極的に交流し、知識と経験を積み重ねている。その経験を活かし、生まれた土地で好きなことをして暮らしていけることに喜びも感じている。

野菜で始める農業

地元で働きながら水稲や和牛繁殖など、父の農業を手伝いながら暮らしてきた榮喜さん。そんな生活を一変させたのが平成28年8月に襲った台風10号だった。川沿いにあった田畑や農業機械はすべて流されてしまい、その後、間もなくして父も他界した。父が耕してきた農地を守っていくため、勤めていた仕事を辞め就農することにした。規模の大小はあるが農家に生まれたので、農地を守っていこうと思い令和元年に就農した。

農場の様子

就農する時に田畑は復旧はされていたが、農機も流されていた。「どうせやるのであれば野菜をやろうと思った」と当時を話す。高校時代に野菜を専攻して学んだことと、牛をやっていた父を見てきて大変さも分かっていたことで決断した。就農1年目はピーマン10aとブロッコリー10aを作付けした。

妻は勤めていたので労働力は1人で、予期せぬ課題に直面した。「営農指導で教わった通りピーマンを育てたが、あまりにも実が付きすぎて取り切れなかった」と苦笑いする。反面、言われた通りにやると結果が出るとも感じ、営農指導の大切さを実感していた。一度、タラの芽を栽培したが上手くいかなかった。それからはJAの担当者が勧める品目を選び、新たな品目にも挑戦してきた。

ピーマン出荷の様子

作付けする品目も増え、技術を学ぶため指導会にも積極的に参加するようにしていた。技術の学びもあるが、同じ野菜を生産する農家との交流も野菜作りを始めて間もない榮喜さんの支えにもなった。「最初は苦労したが、今では地域を越えて若い農家とも交流が増え、仲間と言える存在」と、笑顔で話す。現在は、圃場を見せてくれる農家がいれば、見に来る農家もいる。そんな関係が築き上げられてきた。

農地を守る

野菜で就農した榮喜さんだが、その難しさも感じていた。「牛は何かあれば何らかの形で教えてくれるが、野菜は教えてくれない」と話す。また、野菜を作って生活するには、手かずを掛ける必要があることも始めてみて分かった。今は毎朝、圃場を歩くことを習慣にしている。だからこそ、種を植えて育ち、実がなって収穫する野菜作りのおもしろさを実感している。

「しっかり手を掛けて良いものを育てることが産地の信頼につながる。そして、指導する人、出荷する人、それぞれの役割がある。自分ができるのは良いものを作ること。残っていく産地であるためには、それぞれ役割を果たしていくことが必要。そのためにも協同の精神が大切」と語る。

農場の様子

「まだまだ8年生」と話す榮喜さんは若い仲間も増え今年からSNSも始めた。また、小学生の農業体験も受け入れている。「少しでも農業に触れる機会が増えれば興味を持ってくれるのでは」と話す。

今は、生まれた土地で好きな農業をして暮らせることに幸せを感じ、暮らせる農業の継続を念頭に汗を流す榮喜さん。その先には地域農業を未来に繋いでいくという使命感も感じられる。

農場の様子

野菜農家として就農8年目となり、若い仲間との交流も増えて刺激も受けています。今年はInstagramも始めて情報を発信していますが、色々な情報を得る場にもなっています。「分からないことは若い農家に聞いてやっています。すべて同じ様にはいかないが、時代に合わせて出来ることはやっていこうと思っています」と話す。

プロフィール

加藤 榮喜

加藤 榮喜 かとう えいき さん

今はもっぱら始めたばかりのInstagramを覚えることが日常になっています。

※広報誌「夢郷」 2026年7月号掲載時の情報です。掲載情報が変更となっている場合がございます。