未来農業創造人

先人の思いを受け継ぎ理想の未来へ

日々、研鑽する経営者の視点

写真:大金廣夢さん
大金 廣夢さん

前森山集団農場の朝は早い。午前3時半からおよそ300頭近くの搾乳が始まり、従業員は毎朝交代で作業に当たる。その後、それぞれの持ち場に分かれて業務をこなし、午後に再び搾乳をして18時頃には1日の仕事を終える。搾乳牛全体の管理を任されている大金さんは、牛舎の清掃や牛の健康管理、繁殖管理などが主な仕事だ。

彼は農場にとって次代を担う後継者だが、高校生の頃は酪農に携わることを考えていなかったため、北海道の工業大学に進学した。しかしそこでは将来を思い描くことができず、地元へ戻ることを決意。知り合いのつてを頼り、帯広市にある農場で3年間の研修を経て、前森山集団農場の一員になった。

「研修を通して知ったことは、酪農家は牛に対して想像以上にドライな面もあれば、たくさんの愛情をかける面もあるということ。自分の中で産業動物に対する意識が変わりました」と、大金さんは語る。

前森山集団農場はメガファームでありながら、牧草や飼料用トウモロコシなどを生産する自給粗飼料基盤を備えているほか、牛郡管理プログラムとしてICT(情報通信技術)を積極的に取り入れるなど、事業の発展に意欲的に取り組んできた。また、前森山の東山麓で展開する「八幡平前森山地区畜産クラスター協議会」の中心的経営体としての役割も担っており、平成28年には将来の経営多角化を見据えて、組織を株式会社へと変更。

農場の事業内容は多岐に渡るが、大金さんは「まだ全てを把握できていないこともあって、改善点や要望について発言しても焦点がズレてしまうことがある」と言って苦笑する。しかし日々の仕事の傍ら、農場の代表を務める寺地輝美さんに教えを請うなどして、経営者にとって必要な知識や視点について学んでいる。

先輩経営者に学んだ『良い会社』

もともと前森山集団農場では、酪農技術の研修や先進地の視察など、積極的に外部との情報交流を行ってきた。そうした活動の一環として、大金さんは「JAバンク岩手農業法人経営塾」を受講し、本当の意味での『良い会社』について深く考えるきっかけを得たという。

「経営塾はいろんな業種の人たちが集まって、それぞれがいい会社にしていこうという思いを持って参加していました。経営者は時に孤独を感じる立場でもあると思いますが、参加者の皆さんを見て自分も頑張らなくてはと感じました」

経営塾で印象的だったのは、「最近、社員が積極的に意見を言ってくれるようになった」と語る経営者に、変化が生まれるまでにかかった時間を尋ねると、「10年」という答えが返ってきたことだ。良い会社とは従業員はもちろん、企業と関わる外部の人たちからも「ずっとそこにあってほしい」と思われ続ける存在なのではないか。より良い会社を目指し、根気強く行動してきた先輩経営者の姿が、そう教えてくれたように感じた。

「経営塾でいろんな話を聞けたことと、自分から変わることの大切さを実感できたことは大きな収穫でした。急に変わるのは難しいけれど、良い会社であることを目指して日々の仕事に取り組んでいきたいです」

写真:1日2回の搾乳は3時間以上かけて行う
1日2回の搾乳は3時間以上かけて行う

目指すのは地域とともにある未来

前森山集団農場の歴史は、昭和29年に中国(旧満州)から帰還した開拓団、開拓義勇隊の人々が入植したことから始まった。開拓当時はブナやカラマツなどの原生林を開墾し、厳しい環境の中でヒエや大豆などを植え付けた。乳牛を導入したのは入植から3年目のことで、標高や地形、気象などの条件から酪農を生業に決めたのだという。

共同経営によって牛舎建設や家畜導入などを行い、経営の安定化を図ってきた前森山集団農場。岩手県内でいち早くフリーストール・パーラー方式の飼育形態を取り入れた。また、酪農経営コンサルによる飼養管理や繁殖診断、成績分析などの指導も行っている。

こうした背景を踏まえて、大金さんは農場の未来についてこう語る。

「開拓当時は、この土地に住む人たちみんなが同じ場所で働いていましたが、時代の流れとともにその姿は変わってきました。それでも自分は、地域の人たちとしっかり関わっていける会社でありたいと思っています。社内の人間関係だけじゃなく、地域全体を視野に密接な関係性を築きながら農場を発展させていきたい。機会があれば、地域の人たちが集まりたいと思えるようなイベントもしていきたいです」

先人から受け継いだ土地に根を下ろし、先輩経営者の背中を見て理想の未来を描く大金さん。経営塾に参加したことをきっかけに、よりその未来が明確になった様子だった。

写真:前森山東南面の傾斜地に立地する農場
前森山東南面の傾斜地に立地する農場

プロフィール

大金 廣夢さん

1987年八幡平市生まれ。岩手県立不来方高等学校を卒業し、国立大学法人室蘭工業大学へ進学。その後、地元で働くことを考え、帯広市の農場で3年間の研修を受けた。現在は前森山集団農場の一員として搾乳牛の管理を任されるとともに、後継者として経営についても学んでいる。