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がんばれ、担い手!

安定した経営を

「農業」という二文字

一戸町奥中山で、キャベツを栽培する敬央さん。会社員として働いていたが、平成28年に実家に戻り新規就農した。レタスを栽培する両親とは経営を分けて、キャベツ1haから始め現在は5haまで拡大している。

実家は祖父母の代からのレタス農家で、子どもの頃は畑に遊びにいっていた。「子どもの頃から奥中山地域は高原野菜のレタスが多かった記憶がある」と当時を話す。農業に触れながら育ち、地元の高校で農業分野を学んだ。農家を目指していた訳ではなかったが、心の片隅に「いつか、やる時が来るかもしれない」という気持ちがあった。

卒業後はNTTの関連会社に就職し、営業として働いていた。仕事にやりがいを感じていたが、子どもが小学校に上がる頃に将来について考え始めていた。「楽しく仕事はしていたが転勤が多かった。子どもが小学校で転校をさせたくないという気持ちが強かった」と話す。そんな状況の中、頭に浮かんだのが「農業」だった。他の会社からの誘いもあったが、実家に戻り農業を始める決意をした。

與羽敬央さん

1人の農家として

25歳で実家に戻り、農業を始めた敬央さん。「農業をやることに関して両親から特別な言葉はなかったが、孫が来ることは喜んでいました」と苦笑いする。

しかし、農業の知識がなかったため、半年間は両親のもと農業について学んだ。そして10月からは両親とは経営を分け、1人の農家として歩み始めた。

與羽敬央さん

品目はキャベツとしていたが、秋からの就農のため初めは水菜とホウレンソウを栽培した。翌年からキャべツ栽培を始めたが、知識と経験も少ないため思うような収量にはならなかった。「分からない事は、知人やJAに聞いて少しずつ覚えてきた。病気が発生すると止められないので、今は早めの防除を意識している」と話す。また、面積を拡大するために借りた畑も地力が弱く思ったように育たないなど、順調といえない状況も経験してきた。「農業はやってみないと分からない事が多い。品質が良く安定した量を出荷できるように、病気が出にくい土づくりを意識してきた」と話す。

様々な経験を重ねながら一歩ずつ進み、4年目には安定した収量をとれるようになってきた。そして、就農当初に計画していた6年目の5haの作付けも今年達成しようとしている。

與羽敬央さん

家族と共に

就農当時は「サラリーマンよりキツイと感じましたが、今は慣れました。農業は、やり方次第で時間を自分で決められる」と話す敬央さん。子どもたちとの時間を大切にしていると共に、家族の存在が支えにもなっているようだ。

将来について「今は両親と経営を分けているが、将来的には統合を考えている。両親が元気なうちにレタス栽培など教えてもらい、全部できるようにしていきたい」と話す。今年の冬には新たにニンジンの作付けを計画する敬央さん。先を見据え一歩ずつ農家として歩みを進め「まずは経営を安定させ、自分が独り立ちすることが当面の目標」と話し、地に足がついた将来が楽しみな担い手だ。

與羽敬央さん

プロフィール

與羽 敬央

與羽 敬央よは たかひささん

野球が好きで草野球チームに所属する他、子どもが所属するスポーツ少年団でコーチも務める敬央さん。

※広報誌「夢郷」2022年6月号掲載時の情報です。掲載情報が変更となっている場合がございます。

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